今回は米津玄師の「死神」という、比較的新しい曲について。
この歌の歌詞は古典落語の「死神」という演目について歌っていて、この面白おかしくもちょっと怖い話をちゃんと現代のカッコいいポップスとして仕上げているのが本当にすごいと思うし、ちゃんとこの落語の内容を知ってから聞くと更にこの曲が良く出来ていることに気付けてまた感動できる。
詳しくは以下の方の動画にて、林家喜久蔵さんが解説しているので、この古典落語の「死神」とはどういう話なのか?を聞いて把握してみてください。
ちなみに、米津玄師は元々がボカロP的な活動をしていた人なので、そういう、…なんというか、オタクっぽい価値観、オタクの美学みたいなものを踏襲している人だと思う。オタクっぽい美学として、ナーロッパ的な世界観というのがあるけれど、要するにナーロッパというのは『TVやラジオ、携帯電話、スマホはないけど活版印刷はギリギリある世界』ではないですか?それってつまり日本で言うなら大正時代くらいの世界観なんだよね?だから伝統的にオタクの世界では(「千本桜」や「東方プロジェクト」など)大正時代をモチーフにしたような世界観が好まれるようなところがあるように思うのだが(一応「鬼滅の刃」なども)、米津玄師はそういう、大正時代の節回しみたいのが得意でよくこういう古臭い日本の演歌みたいな曲を作るんだよね…?それがまたとてもセンスが良くて良いのだけれど。
シングルカットされている曲で言えば、この「死神」や「フラミンゴ」、そしてアルバム「YANKEE」の曲は殆どと言ってもイイほどこういう大正時代の歌謡曲みたいな節回しである。
それでいてデジタルで現代的で都会的な音楽もやるし上手いし、実験的な試みによって作られている曲も多くあるとお見受けする。なので本当に優れたミュージシャンであると感心しきりなのですが、とりあえずこの「死神」という曲については、カラオケでアジャラカモクレン テケレッツのパーと歌った後に手を二回叩くのが正しい歌い方であると思うw。んで歌い終わったらバタッと倒れれば完璧w。
さらに言うなれば、アジャラカモクレン テケレッツのパーの、アジャラカモクレンのあとに何か適当な言葉を付けるのも、この「死神」という古典落語でよくアドリブされる。例えば三遊亭圓生の場合はアジャラカモクレン ピーナッツ テケレッツのパーで二回手を叩く。三遊亭円楽の場合はアジャラカモクレン 北朝鮮 テケレッツのパーと言って二回手を叩いていたw。
それから、カラオケで歌う場合、Aメロは声が低くなりすぎて音が潰れてしまうので、僕の場合はAメロだけ1オクターブ上で歌ってBメロで原曲キーで歌う。そうするとちょうど良いw。
単純にこういう“若者”がお年寄りの趣味とも言えるような落語の古典をよく知っていて、しかもそれを現代的なカッコいい曲に仕上げているということ自体がなんだか関心だし感心だし天才だなと、思わされる素晴らしい作品、曲ですw。 いや~感心関心…。
(まあ、あとこの新宿末廣亭って僕が好きな「じょしらく」の舞台でもあるよねw)